あれは1981年のことだから、僕はちょうど30歳。乗り役として、若手からひとつ階段を上って中堅という立場になりつつある頃だった。まだ自分に未熟なところがあると理解しながらも、心の芯に確かな自信も根付きつつあった。僕自身を振り返ると、そんな年頃だったかな。そんな時に打ち上げられた大きな花火、それが第1回ジャパンCというレースだった。…(坂井千明)
コラム
英雄の飛翔に酔った1日/ディープインパクト
「名は体を表す」とはよくいったものです。04年の12月19日、ディープインパクトのデビュー戦。私は管理馬を中山に持っていったのですが、モニターで阪神の新馬戦を観ていました。この日が「震えるほどの戦慄!」の始まりです。実はディープを初めてみたのはセレクトセールのとき。当時はまだ体も小さくて、他の馬に比べ目立つというほどではなかったんです。…(新関力)
世界の壁を初めて破った日の丸のエース/カツラギエース
日本競馬が世界へ向けて新たなる1ページを刻んだ1984年11月25日の第4回ジャパンC。4回目を迎えたこの国際競走で、初めて日本馬が外国の強豪馬たちを破って優勝した。そして、僕にとってこのジャパンCが特に印象に残っている理由は、この歴史的快挙を成し遂げた主役が誰も予期していなかった意外な存在であったからだ。…(石崎譲)
世界中でこの馬より強い馬はいない/クロフネ
一陽来復…。クロフネが武蔵野Sでイーグルカフェに9馬身差を付け、1分33秒3というレコードタイムで優勝を果たしたとき、誰もがこう感じていた。「血統的にダートはこなせる」単勝2.3倍の1番人気という下馬評の確かさは、この勝利によって証明された。だが、まさかここまでのダート巧者であったとは思いも寄らぬこと。…(佐藤壽恭)








